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P_p_q_9's novels

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初夏でも夜になれば涼しく、それでも汗だくになりながらついた3号線のファミレスの前。ハナちゃんがじっとしていた。
車道、歩道。歩道の縁石に腰かけて、車が通るたびヘッドライトに照らされて。感情を読みとらせない無表情で、そのせいで寂しげで。さわって、ふれて、思わず抱きしめたくなる。
縁石に腰かけてじっとしているハナちゃんと走りながら酸欠の頭のなかにいたハナちゃんと、それから昨日の夜に思いつめた顔で告白したハナちゃんと、三種類のハナちゃんがぐちゃぐちゃに溶けていった。

ハナちゃんはぼくに気づいた。

「走ってきたの?」
と苦笑して、
「自転車で来ればよかったのに」
と呆れる。
荒い呼吸のまま、のぼせたように熱い頬を手のこうでぬぐい、
「そっちこそ・・・いつからいたんだよ」
ハナちゃんは携帯の時計を見つめて、
「三時間ぐらい前」
「ずっと外に?」
「まさか……中で途中まで待ってたよ、あなたを呼んだから外にでただけ」
「そっか」
「ここまで私は自転車できたしね。走ってくるって、あなたさ」
とハナちゃんは一瞬にがい顔をして、言葉を閉ざした。続けるかわりに縁石から立ちあがり、ぼくに向けて一歩ふみだした。
「ちょっと歩こうよ」
ハナちゃんはぼくの横を通りすぎ、3号線とは反対の道に足を向ける。ぼくは黙ってハナちゃんにつづいた。

裏手の道は街路灯すらまばらで、ところどころが暗闇にしずんでいる。昨日のコンパの帰り道と雰囲気が似ている住宅街。友達の家で飲んだとき、真夜中に散歩がてらに出かけるときに通る道で、そのときは酔っぱらっているせいもあって気分が軽い。目の前をたんたんと歩いてくハナちゃんの背中に引きずられて、ぼくはどこか落着かない。
「話って」
とぼくが切出すと、
「昨日のこと」
とハナちゃんはあっさりと返事をした。
「それ以外に何があるの」
とちょっと刺々しい。
P_p_q_9 11 page of 鍋の底
ひ 「ヒッキーだけど 希望を抱いて こもらずに モノレールにのり 臨海に行く」
miko2 20 page of おたく人一首かるた(どっちだよ!)をつくってみよう!
着メロは設定していない。
デフォルトの黒電話の胸が痛くなるような、りりりん、りりりん、という音が部屋にひびいている。
ディスプレイに表示されるハナちゃんの本名をじっと見つめたまま、指がうごかない。
でなくちゃ、と思う反面、何を話していいのか分からず、通話ボタンを押す勇気がわかない。
りりりん、と鳴る。次のコールでハナちゃんは諦めるかもしれない・・・そうなったら、次は?
背筋がぞっとする、心臓が喉のあたりで暴れているような感じ、生物実験のカエルみたいに指が反射する・・・通話ボタンを押している。
携帯を耳にあてる。
無音、無言。
相手の姿が見えないのに、相手の気配をさぐるような沈黙。
「出る・・・と思わなかった」
ハナちゃんの声が、電波に変換されて、空中を飛んで、ぼくの耳元で音に再変換される。電子音に近い電話ごしの声が、怜悧に鼓膜をふるわせる。
「ぼくも出れると思わなかった」
「弱虫」
「ごめん」
「わけわかんないよ」
「ごめん」
続けることばが見つからなくて、
なんて言っていいのか分からなくて、
ハナちゃんが黙ってしまうと、ぼくは迷子みたいに不安になる。
ノッキのように場馴れしていれば、ちょっと違うんだろうか。前に飲み会のとき、ノッキはそんなことないとは言っていたけれど。ほんとうに必要だったら、ことばのほうが先に口からでるとも言っていた。ということは、いまは必要なことは何もないのかもしれない。そんなことない・・・仲直りだけでも、ハナちゃんの気持ちに・・・。
「あのさ、」
とハナちゃんが襟を正したような声をだす。
「やっぱり電話じゃ話しにくいから、ちょくせつ会わない? もし、よければだけれど」
「会う!」
「・・・じゃ、いまから大丈夫?」
時計をちらりと見る。まだ夜の11時を回っていない。
「うん」
「じゃ、11時に3号線のファミレスで」
それでハナちゃんからの電話は切れた。
P_p_q_9 9 page of 鍋の底
 のぶ子は自分の年齢をふと思いだした。噂で聞くブラックテンペストのメンバーの年齢よりも自分は5つも上だ。やっていることは大人に命令に従い、悪いことをすること。
 複雑な気分……と、のぶ子は腰のガンベルトに差したトーラス・レイジングブルのグリップを指先でなぞる。だいたい5年前の私は、一丁の拳銃で運命を切りひらく気でいたんじゃないのか。
 血まみれのベッドと仰向けに倒れた肥満体の男、両手でしっかりと握りしめているはずのニューナンブはガタガタと震えていた。走りすぎの犬みたいな自分の呼吸を聞きながら、パニックになるかならないかの一線を綱渡りして、硝煙の臭いを嗅ぎながら脳みそが勝手にものを考えているのを映画みたいに見ている。力があれば変われるという妄想が現実になったこと、ただされるがままにならなくてもいいこと……。
「よう」
 という男の声に、のぶ子は現実に引き戻される。イヤホンを耳から外しながら、背後に立っているやせ細った男の顔をじっと見つめる。
 コウイチ”ゾンビ”ワタベは軽薄な笑みを顔面にはりつけながら、
「遅くなってすまん」
 と言った。のぶ子は、ある意味で今の自分を作った元凶の一人の顔を、睨むように見つめた。
P_p_q_9 2 page of 飼いならされた白黒ぶちの犬
 のぶ子”ホルスタイン”長谷川はガンマンだ。
 乳の大きい、乳ましいガンマンで、おそらく昼間の決闘よりも、夜のベッドで殺した男のほうが多い。
 彼女は軽くため息をついた、じめじめした日本の夏はあまり好きではない、と。文明が崩壊しても天候に劇的な変化が起こるわけもく、ひそかに日本の夏が南極みたいに涼しくなると信じていたのぶ子はがっかりした。がっかりはがっかりに過ぎず、しかも汗ばんだ肌の気持ち悪さをより強調する。蝉のさわがしく鳴く声をうざったく思い、iPodの電源をいれて、何年も前のJ-POPに耳をかたむける。要約すれば、『おれは悪だけど、友達は大事にするんだぜ』という内容。のぶ子のアイデンティティを構成しているとも言えなくはない。軽いメロディの冗談みたいなラップふうの歌を聞き入りながら、のぶ子は早く来てよ、と胸のうちでつぶやく、暑いし、と、じめじめしてるし、と。
 彼女はひとを待っていた。かつて渋谷と呼ばれた町のスクランブル交差点の真ん中に立って、同じガンマンのコウイチ”ゾンビ”ワタベが来るのを。
 彼と今夜、大きな仕事をすることになっている。
 渋谷に流れてくる麻薬のルートは全て、酒井組とよばれる昔ながらの組織が仕切っている。最近、その仕切りに割りこんできた組織……とすら呼べない愚連隊があった。ブラック・テンペストと自称する少年たちのグループで、彼らは仁義をひとつも切らないし、当然みかじめ料も払わない。酒井組は面白くない。少年たちの扱う薬は安かろう悪かろうだったから、ガキのままごとだ、と楽観していいのかもしれない。
 酒井組の組長は切れ者だ。のぶ子はそれを知っている。いま自分が呼ばれたのも、コウイチが呼ばれたのも、これ以上の放置は面倒だと判断してのことだろう。火は大きくならないうちに消す、子供の火遊びのうちに。逆に言えば、このままにしておけば大きな火になるということだ。
P_p_q_9 prologue of 飼いならされた白黒ぶちの犬
じっと・・・シュガーの顔を見つめる。シュガーも見返してくる。
空気は深刻で、気も重い。鼻の奥に残るようなドクダミの臭い、それを掻き消すようにシュガーはたばこを吸っている。たばこの先が灰になって、ぽろりと落ちる。
生暖かい風がふく。肌に汗が浮き、浮いた汗は服に染みる。シュガーの唇はたばこのせいで乾いているように見え、首のまわりは汗のせいで湿っているように見える。Tシャツは湿気と汗のせいで、彼女の体の形をなぞる。
シュガーは腕をくんだ。自然とTシャツにできた陰がかわり、強調された箇所に釘づけになる。シュガーの射抜くような強い視線に、顔をあげる。彼女は黙って、ぼくの答えを待っている。
ぼくは言葉を探す。見つかる気はしない。干草の山の中から細い針を見つけるようなものだ、シュガーを納得させる言葉は難しい。
シュガーはたばこを最後まで吸いきると、携帯灰皿に吸殻を入れ、次を取出す。火をつけ、大きく吸う。そして、むせた。
シュガーは、げほ、と煙を吐きながら、胸を押さえて座りこむ。何度か咳きこんでから、立ちあがり、何でもないようにたばこを口にくわえた。
・・・もしかして、シュガーのほうが緊張しているんじゃないか。
ガンダタが空から伸ばされた蜘蛛の糸を見つけたみたいに、ぼくの心臓は高鳴りはじめる。じっとシュガーを見つめる。シュガーは見つめかえしてくる。
P_p_q_9 7 page of 鍋の底
ぼくは黙ってシュガーの顔を見つめる。
小さな顎、大きな目、短めに揃えた髪は茶色に染められている。よく動きまわっている印象に違わないTシャツとジーパンの簡素な組みあわせ。それでも可愛く見えるのは地顔がいいからで。
「ハナちゃんが泣いてたの、あなたのせいでしょ」
「どうして」
シュガーは無表情のまま、立ちあがる。食べかけのハンバーガーもポテトもシェイクも全部、袋に戻す。それを片手につかんで、
「ちょっと外に行こう。だれか来るかもしれないし」
ぼくは促されるまま、サークルの部室を出る。
サークル棟は三階立てのコンクリート製の古い建物だ。シュガーはゴミ箱にマックの袋を投込み、きしむ階段を下りていく。そろそろ午後の最初の講義が始まる時間で、サークル棟から講義棟への道も人がそこかしこにいた。
シュガーは、ぼくをサークル棟の裏にあって、使われていない駐輪場に連れて行った。
日陰、夏の間近の日差しは届かない。若干涼しいけれど、ドクダミの匂いが充満している。シュガーはバックからたばこを取出して、口にくわえる。シュ、とライターの音。煙が空に消えていく。
「ハナちゃんさ、コンパのあと告白するって言ってたんだよね」
・・・なんていうか、女子ってえぐい。それって、ぼくがハナちゃんを拒否すれば、自動的にハブられるようになっていることだよね。えぐい、えぐいぜ。
心臓がいやなふうに音を立てている。シュガーの視線もするどくて耐えられない。
「べつにさ、脅してるわけじゃないんだよ。・・・恋愛だし、合う合わないってあるのが頭では分かってるけどさ。あたしさ、友達が泣いているの嫌いなんだよね」
「じゃあ・・・!」
シュガーは銜えていたたばこのフィルターを、ぼくの口に押しこむ。思いっきり煙を吸いこんで、ぼくは咳きこむ。
「キレないでよ」
といいながら、ぼくの口からたばこを奪い返して、自分の口にくわえた。
P_p_q_9 5 page of 鍋の底


御姉様はパイプ椅子に、足を組んで座っていた。本を読んでいる。すらりと背筋がいい。ちょっとの間、見とれた。
・・・冷たい。
と、私は下半身に冷たさを感じた。だんだん、何があったのかを思いだしてくる、冷たさの理由も。頬が赤くなるのを感じる。これは・・・恥ずかしい。
パタン、と乾いた音がした。ぎしり、とパイプ椅子のきしむ音がし、私の目の前に御姉様のブーツが現れる。顔をあげると、
「起きたようね」
御姉様が微笑んでいた。
「はい。見っともないところをお見せしました」
「着替えなさい、臭いが肌に染みる」
私は立ちあがる。塗れた洋服の感触が気持ち悪い、白い生地が粗相で黄色く染まっている。顔から火がでるほど恥ずかしい。御姉様の視線が私に向けられている。脱がして、着替えさせて頂いても・・・と思うけれど、そんなことで御姉様の手を煩わせるわけにはいかない。
「新しい服に着替えてきます」
と告げて、お風呂場に向かう。わざわざ、こんなときのために作ってもらったお風呂場に。だけれど、御姉様の手が肩に伸びてきて、引き止める。
「そこじゃない、ここで着替えなさい、。全部ぬいで、私に粗相をしてしまった理由を解説して」
御姉様は、少し意地悪く言う。
「じゃなかったら首輪を返して」
「それは・・・その・・・」
「冗談よ。さっさとシャワーも浴びなさい。身体を冷やしちゃダメ」
御姉様はそういって、パイプ椅子に戻っていった。腰かけ、足を組み、本に手を伸ばす。私は早く御姉様のそばに、一分でも長くそばにいたいから、駆け足でお風呂場に向かった。
小さく、御姉様の笑う声が聞こえた。
imaginationside 3 page of 御主人様と御姉様
ひとしきり、お尻の穴について考えていると、扉の開く音がした。発作のように入り口に目をむけると、マックの紙袋をもった小柄な女性が立っていた。ぼくの必死な形相に、
「なに?」
と聞く。
ぼくはオナニーしているところを発見されたような恥辱を感じてしまって、はっきりしない口調で、なんでもない、と返事をした。
彼女は・・・名前を佐藤、みんなからはシュガーと呼ばれるは、
「えー、うそだー」
と笑いながら、ぼくのとなりに座り、机にマックの袋をおいた。
シュガーとの距離は、肩が触れ合わない程度。ただの友達というのにはちょっと近すぎるのだけれど、彼女の友達との距離感は誰とでもこんな感じ。
「エロ漫画でも読んでたの?」
ひょい、と手にしていたままの漫画をのぞきこむ。読んでいたのは「コペルニクスの呼吸」というちょっとアレ気な漫画だった。
「わお」
とシュガーは言いながら、ぼくの手から「コペルニクスの呼吸」をうばい、ぱらぱらとページをめくる。
「こういうのって、女の子が読むものばかりだと思っていたよ」
「シュガーも読むの?」
ぼくに漫画を返しながら、シュガーはマックの袋からハンバーガーセットを取出す。ポテトを食べながらシュガーは、
「あたしは読まないよ」
「そうなんだ」
・・・それから続ける言葉を見うしなう。妙な沈黙。すると、シュガーは言い訳のように、
「うちのサークルの女の子って、こういうの好きな子も多いんだよね。ハナちゃんとかさ」
「まじか」
ハナちゃんとは、ぼくにアナル拡張を迫った女だ。
「え? あんた、これ読んでるのはハナちゃんの影響じゃないの」
「・・・・・・そうだよ」
シュガーは、ごほ、とむせて、机を叩きながら大爆笑した。そんなに笑わなくてもいいのに! というぐらい。
P_p_q_9 3 page of 鍋の底
「じつは・・・あたし、ずっとあなたのことを見ていて、それで」

そんなふうに彼女は言いだした。
サークルの飲み会のあと、二次会に行く気もなかったぼくが家に帰ろうとしたら、後をついてきた彼女が人気のない、住宅街の中の道に通りかかったときに、

「あ、あな・・・」

顔を赤くしながら・・・うつむき加減になり、必死にことばをさぐっている。

「あな・・・好き」
「へ?」
とぼくの口から変な声がもれた。
――これはもしや、あれなんじゃ? 都市伝説のコクラレルっていう・・・その、あれに一直線なルートの。
じっと彼女を見つめると、のぼせたように顔が赤くなり、
「アナルが好きなの」
「へ??」
彼女は、はぁ、と大きく息をはいた。やっと胸のつっかえが取れた、便秘がやっと治ったみたいな、それはそれは清々しいような顔になる。
「ずっと見てた」
言いながら彼女は近づく。
「あなたのことを」
また一歩。
「あなたの背中、その背筋のさきの・・・」
手を伸ばせば、体を引寄せられる距離で彼女の視線がぼくの腰のあたりに注がれる。ぞくり、とした。
「ちょうどいい大きさだって、いつも思ってたの」
さらに彼女が歩みよる。彼女の顔がアップで見える。
「拡張、したいな」
彼女の手がぼくの背にまわされ、指先がぼくのお尻の割れ目をなぞる。キンとするような感覚が走る。

「ごめん!」
ぼくは悲鳴をあげるように告げ、全力で疾走した。


翌日。
サークルの部室で漫画を読んでいると、彼女がやってきた。彼女は何もいわず、ぼくの横に座る。棚から適当な漫画を取出して、読み始める。
昨日、何もなかったように・・・むしろ、以前より冷淡な感じもする。
沈黙に耐えかねて、
「ねえ」
と声をかける。彼女は顔をあげて、
「次、講義あるから行くね」
と部室を去ってしまった。・・・前の関係には戻れないんだと、はじめて知った。
P_p_q_9 prologue of 鍋の底