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「葬儀がどこであるか調べてくれんか。」

「ええ。」

 その夜、エーリックは、セシリアと彼女の夫、ヨーラン・ヘルムクヴィストに招かれ、ユールゴーデン島の運河沿いにある彼らの自宅の居間で寛いでいた。この家に招かれた時、エーリックがいつも好んで座る定席があった。フレンチ・ベランダの向こうに運河が見えるそで付き安楽椅子で、ジョセフ・フランクがデザインした白地にブルーの植物柄テキスタイルがはられている。

 だが、その夜は反対側のソファーに座り、壁に掛けられたワイド画面の薄型テレビを見つめていた。グレタが主演した懐かしい映画のシーンがニュースで何度も流されていた。

 「この頃の彼女が一番綺麗だったわね。」

 「ああ、売れている時の女優にはオーラがある。それを上手く引き出すのが僕らの仕事だけど、彼女の場合はエドマン監督と相性があったことも幸運だった。」とヨーランが何時になく口数の少ないエーリックを気にしながらコメントする。

 「そうね。才能があっても大成しなかった俳優さんをたくさん見てきたわ。運に恵まれるってのも才能の一つでしょうね。」と、セシリアが画面から目をそらざずに呟いた。

 「彼女の一番の魅力は強さだ。」

 セシリアとヨーランが同時に顔を画面から離してヨーランを見た。二人はエーリックのその後のコメントを期待していたが、エーリックは同じ姿勢でテレビ画面にじっと見入っているだけだった。

 「彼女が長い下積み生活をしていた頃、一度、あなたに会いたいと言って事務所に来たことがあったわ。その理由っていうのがあまりにも突飛押しもなかったから追返しちゃったけど。それからよね、人気が出たのは。」

 「ああ、それからますます強くなった。」

 セシリアとヨーランは、エーリックを間にして目を合わせた。
hokuo 19 page of 夢追い館
エーリックのパーティー

 王宮と旧市街を見下ろす高台のゴンドラ・レストランで、エーリックはシャンペンを片手に、今日もスウェーデンの経済界を代表する面々に囲まれていた。引退会見以来、多くの顔見知りの財界人たちが長年の経済活動の労をねぎらって言葉をかけてくれた。一線から身を引いても、文化的な活動を通じて、あるいはそれらを支援することで社会に恩返しをしたいと機会あるごとに話してきた。

 とはいえ、このような経済人の集まりで話題になるのは関心のあるビジネスの動向だった。外国資本に買い取られてゆく自動車産業、マーケットシェアを失いつつあるテレコム産業、若い世代の高い失業率。エーリックはそっと会話の輪から離れ、窓辺に寄ってストックホルムの変わらない美しい町並みを見下ろしていた。

 シルクの白いブラウスに上質なウールのスカートをはいたセシリアが、エーリックに近寄って肩を並べ、窓の外の景色を見つめてフッとため息をついた。そして独り言を呟くように低い声で言った。

 「グレタが昨日の夜亡くなったそうよ。」

 「えっ、グレタが? そうか。」

 エーリックはその後長い間沈黙していた。
hokuo 18 page of 夢追い館
アンナの記事

 "カントリー・ドリーム、草原の理想郷で
 厩舎を夢のバケーションホームに
 助っ人大工ハンス・グスタフソンの挑戦"

 「ウプサラから北西へ約百キロ、ヴィトショー湖の北に広がる二十ヘクタールの広大な牧場、ソールバッカ・ゴードを本誌インテリア・リポーター、アンナ・S・リードベックが訪ねた。インテリア番組でお馴染みのテレビ大工ハンス・グスタフソンが、牧場の厩舎をカントリー・バケーション・ホームに改築しているという。今回から三回にわたり、改築の様子をレポートします。」

 アンナは読者の夢や興味を誘うよう、ハンスのインタビューを中心に牧場の建物や馬の生産牧場としての歴史的背景、それに撮ってきた写真をふんだんに配して特集ページを埋めていった。納得がゆくまで何度もやり直し、出来上がった時にはもう明け方になっていた。

 いつものように大きなボールにミルクティーを作って仕事机に戻り、ネットラジオをクリックした。

「「ある夏至祭の出来事」の主演女優、グレタ・グスタフソンさんが心不全のため昨夜亡くなられました。七十八歳でした。」

 一瞬息が止まった。昨日バックミラーで見たハンスの顔が目に浮かんだ。

 そう言えば、田舎の一本道を猛スピードで追い抜いていったボルボのステーションワゴンがあった。左右のウィンカーを点滅させて合図を送っていたのはやっぱりハンスだった。
hokuo 17 page of 夢追い館
「厩舎が改築されて、バケーションホームに生まれ変わる様子を三回ぐらいに分けて取材させてもらえないかしら? 今のこの状態から、ハンスのこだわりで完成するまで。」

「ああ、インテリアコーディネートを手伝ってくれるという条件でならオーケー。」

「私が? もちろんよ。(笑)」

 取材を終えてストックホルムへ帰るアンナを、ハンスが戸口に寄りかかって見送っている。エンジンをスタートさせてバックミラーを見たとき、ハンスはなにやら難しそうな顔をして携帯を耳に当てていた。
hokuo 16 page of 夢追い館
 ハンスにコーヒを勧められ、アンナはテーブル代わりの道具箱の前に座った。USBが付いたデジタル・ボイスレコーダーをセットして話を続けた。ハンスが幼い頃から物を作ることに興味を持っていたこと、ちょっとした修理仕事は器用にこなし、母親の助けになっていたこと、誉められると嬉しくなって自分流に工夫して改良することを覚え、大人になって大工を職業としたのは自然な選択だったことなどを聞いた。

 アンナは質問を投げかけながらハンスにカメラを向け、使い慣らした道具やそれらを扱う肉厚な指先、擦り切れたジーンズ、ガランとした厩舎内の様子や周辺の広大な自然環境も含めてシャッターを押し続けた。

 絵になる人だと思った。 カメラのレンズを通した被写体としての自分を意識しているからか、自然にわき出てくる雰囲気なのかよくわからなかったが、母親が往年の女優だったことにも関係しているのかもしれない。

「あなたの父親にはどういう影響を受けたと思いますか?」

「父親は… 自分にはどうして父親がいないのだろうと思いだした頃、母より先に回りの人達からお前の父親は映画監督のエドマンだと教えられた。映画を撮る度に主演女優と恋愛沙汰になってるような監督が、自分の父親だとは思いたくなかった。一度も会ったことはないし、母もそのことに触れたことはないから、そんなもんだと受け入れてしまったんだな。物を作ることが好きなのはもしかしたらと考えることはあるけど、勝手な思い込みだから。」

 Wow、ちょっと立ち入りすぎたかな、バケーションホームのインテリアと何の関係があるの、とアンナは思った。
hokuo 15 page of 夢追い館
「長い壁に沿って箱型のベンチを取り付けて、クッションを置くっていうのは? 物入れにもなるし。」

「ああ、いいかも。」

「それと、… あら、ごめんなさい。職業病ね。」

 二人は顔を見合わせて笑った。
hokuo 14 page of 夢追い館
ハンスとアンナの出会い

 セメントで壁の補強をしている時、ポッポッという二気筒エンジンの独特の音が建物の外から聞こえてきた。ヴィンテージ・カー好きのオーナーが来たらしい。間もなくドアをノックする音がした。

「どうぞ、開いてるよ。」

 仕事の手を休めずにハンスが声をかけると、入ってきたのは背の高い女性だった。足にぴったりした黒いズボンにジーンズ・ジャケット、ショートブーツを履いて、栗色の髪を一本の三つ編みにして肩に垂らしている。開いたドアの向こうに白いサーブが見える。

「おじゃまします。お電話したアンナです。」

 ハンスの手が止まり、質の良さそうなデジタルカメラを手にして近づいてくるアンナを目が追っていた。

「あ、どうも、ハンス。」

「想像していた通りの建物ですね。周りの環境も素敵だし。」

「ああ、今のオーナーの父親が建てたらしい。」

「えっ、不動産屋のエンマの話だと、あなたがこの牧場を手に入れたとか…」

「いやー、僕はゲストハウスを好きなように改装してほしいってオーナーに頼まれているだけで。 フッ!それにそんな金、僕にはないよ。」

 大きな体を小さくしてハンスがはにかんだ。

「電話でも話したけど、中にあったものをちょうど運び出したところで、見ての通り今はまだ何もないんだ。来てもらっても見せるものは…」

「いいえ、これがどういうふうに変わってゆくのか、そのプロセスを見るのが面白いんですよ。どういうイメージで?」

「イメージとしては…、まず新しいストーブを取り付けて、オープンキチンとバスルームをここに、寝室をロフトにしようかと思ってるんだ。」

「キチンの流し台の前をくりぬいて、窓をつけるっていうのはどうかしら。厩舎は窓が小さいから光を取り込むのにいいかも。」

「そうだな。」
hokuo 13 page of 夢追い館
アンナのこだわり

 何時になく神経が過敏になって眠れない夜を過ごした。朝の六時にはベッドから起き上がり、黒のジョギング用スパッツとブラトップに着替えて外に出た。クングスホルメン島は、土曜日ということもあってまだ眠りについている。アパートの壁に手を突いて軽くストレッチをし、運河沿いの遊歩道を市庁舎の高い塔を目指して走り出した。メーラレン湖に出れば間もなく折り返しの公園が視界に入ってくる。

 労働者用の住宅として千九百三十年代に建てられた集合住宅が立ち並ぶこの島に、今は単身者がストックホルムで一番多く住んでいるという。自分もそう言えばその内の一人だ。年格好が似ている人とすれ違う度に、未だにヨンの面影を追っている自分に気づく。

 オープンな居間とキッチン、ロフトにベッドを設えた屋根裏部屋は、時間を見つけては手を入れ改装してきたお気に入りの場所だ。貝の殻を材料にした筒型のランプが部屋のアクセントになっている。座り心地の良い黒の革製ソファーと、毛筆で描いたような黒と金のグラフィックアート以外ほとんど飾りはない。夢見心地の悪いものは出来るだけ排除してきた。

 ジョギング後、べランダを見通せるバスルームで気持ちの良いシャワーを浴びた。長いブルネットの髪をタオルで包み、大きなボール一杯のミルクティーを壁に沿った長い仕事用デスクに置いてインターネットのスイッチを入れた。

 母親から列車の時刻を知らせるメールが届いている。

 今日予定しているインタビューには、余裕を持って十時頃には出かけよう。
hokuo 12 page of 夢追い館
今日も昨日のように

 子供夫婦からクリスマス・プレゼントにもらったお気に入りのバスローブを着て、夫が朝刊を取りに表へ出ていく。通りに変わった様子がないか、左右に首を振ってチェックし、郵便受けの蓋を開けて中を覗き込み、そのままの姿勢で朝刊を取り出す。妻は、台所の窓から毎朝繰り返されるその儀式にちらっと目をやると、またすぐに朝食の準備をする自分の手元に目を移す。

 コーンフレークとヨーグルト、それにコーヒー。もう長い間このメニューで、しかも同じメーカーの同じ製品。テーブルに新聞を広げて、黙って熱心に読みながら、勤め先だった電機メーカーの名前が入ったカップでコーヒーをすすり、時たま記事にコメントを付ける。隅から隅まで目を通すと、最後にもう一度不動産広告を詳細にチェックする。

「これ、いいなあ。浴室はこれぐらい広くないと。値段もそんなに高くない。」

「いいえ、台所が広いほうがいいわ。それに高いわよ。そんなに遠くてその値段だったら高い。」

 妻は夫のコメントを一つ一つ丁寧に否定し、夢見るように天井に目を向けて言う。

「やっぱり、あの群島の家みたいなのはそうないわよ。」

 二人は納得すると、またそれぞれの定位置につく。夫が芝刈り機で芝を刈る音を聞きながら、妻は食器洗い機にグラス類を並べ、花に水をやり、洗濯機を回す。

 かつて"folkhem"の理想を具現化し、今はKマーク付き文化遺産となっているエングビー・ガーデンシティーの機能主義住宅に、いつもと変わらない朝がきた。

"The same procedure as every year"
hokuo 11 page of 夢追い館
グレタの記憶

 夕方、気温が急に下がって冷え込み始めた。筋肉が硬直して、しばらく庭の置物になったようにじっとしていた。このまま忘れられてふっと消えてしまうのではないかと思った。思い出したように足早に近づいてきた介護の女性が車椅子をカンティーンに入れると、湯沸しポットから蒸気が上がり、カチッと音を立てて赤ランプが消えた。チーズのスライスを乗せたウェファースとコンソメスープの夕食を済ませると、また部屋に向かって車椅子がゆっくり動き始めた。古いピアノが置かれた居間を横切ると、ソファーに座って眠りこけている男性の前で、つけっ放しのテレビが夕方のニュースを伝えている。

「ローセンダール メディアグループは今日、ストックホルムで記者会見を行ない…」

 ニュースを見たいとその時初めてグレタが手で意思表示をすると、車椅子がテレビの前に移動して止まった。

「最高経営責任者であるエーリック・ローセンダールが高齢を理由にこの秋最前線を退き、後任には長年ローセンダール出版の指揮を取ってきた、セシリア・ヘルムクヴィストが就任する予定であると発表しました。エーリック・ローセンダールは今年七五歳で、先代フランク・ローセンダールの後を引き継ぎ、千九百八十八年から現職にありました。尚、セシリア・ヘルムクヴィストはエーリック・ローセンダールの妹で、夫であるローセンダール・フィルムのCEO、ヨーラン・ヘルムクヴィストとともに、ローセンダールグループを率いてきた幹部の一人です。」

 記者会見で挨拶を述べるセシリア・ヘルムクヴィストの口元の動きが、三十五年前、自分に向かってまくし立てていたあの口元の動きと重なり、やがてその声が遠い記憶の中から耳鳴となって繰り返し聞こえてきた。唇が興奮して震え、一瞬後には全てが闇に消えた。
hokuo 10 page of 夢追い館

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