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kyoji_ama's novels

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ただ、一緒にいられればよかった。
ずっと、一緒にいられると思っていた。

それだけで、よかった。
kyoji_ama 2 page of SILENT STORY
ただ隣にいることが、当たり前になるまで
              俺は、あなたの傍で待ち続けよう
kyoji_ama epilogue of SILENT STORY
「……私は、どんなに間違ったこと、どんなに筋の通らないことだとしても、響示の傍にいたいと想っている。響示と一緒にいたいと想っている。ずっと、響示の隣にいたいと想っている。……私は、私は、響示の事が好き。好きだから」

 今、やっとわかった。この、俺たちのどうにも不明瞭な気持ちは、いつまでも一緒にいたいと想う気持ちは、やはり、好きという感情なのだ。奈津美が傍にいなければ、苦しいことも。奈津美が傍にいると、安らぐことも。奈津美が好きだから。だからこそ、起こる感情なのだ。

 たぶん、人は、好意というものを軽くしすぎたのじゃないかと思う。だから、俺たちは、そのことに抵抗を感じていた。好きという実感が得られなかった。もっと低俗なものと感じていて、自分たちはもっと特別な関係なのだと思いたかった。

 でも、それは違った。
 俺は、奈津美が、好きなんだ。
 それだけなんだ。

 特別でもなんでもない。
 誰でも思える事。
 誰にでも叶えられる事。
 でも、きっと。
 何よりも大切な事。
 人を好きになる事。
 それだけで、こんなに優しい気持ちになれる。
 こんなにも、満たされた気持ちになれる。


 涙が、奈津美の頬を伝う。それだけが光っていた。

 奈津美が近づいてくる。小さな影。

 奈津美の顔が、やっと見えた。

 真っ赤に染まった奈津美の顔は、綺麗だった。

 奈津美の温もりを感じる。冷たくなどない、優しさが、あった。
 
 
 俺は、目を閉じ、想う。
kyoji_ama 33 page of SILENT STORY
「でも、だから、ずっと考えていた。響示の事を」

 たぶん、奈津美は眼鏡を外した。そして、それを床に落とした。

「この眼鏡は二度と響示の隣に行かないという誓い。私の気持ちを抑えつけるための鎖。似合わないでしょ? 私は、響示に馬鹿にされたかった」

 奈津美が肩を震わせる。

「三年間、私は嘘を吐き続けてきた。ユウにも言われた。いつまでその仮面を被り続けているつもりなの、って」

 奈津美は、ずっと苦しんでいた。ずっと我慢していた。ずっと独りで、堪えていたんだ。
 平然と見えた彼女。俺には到底敵わないと、そう思い込んでいた。でも奈津美は、その小さな身体中に傷を付け、それでも、何も見せないように、耐え続けてきたんだ。

 今になってようやく分かった。
 俺は、彼女の事、何も分かっちゃいなかった。
kyoji_ama 32 page of SILENT STORY
「でも、私は響示を捨てた。それは事実。いまさら、あの頃には戻れない」

 俺は、何も言えない。言うべきでないと思った。

「でも、あの日、響示は私の事を忘れないでいてくれた。諦めないと言ってくれた。すごく嬉しかった。でも、私は、自分自身を許せない。響示が受け入れてくれたとしても」

「だから、もう、響示と一緒にいることはできない」

 時が止まったようにも思える。それは、分かりきっていた答え。彼女が当然、出すべき答えだったはずなのに。俺はそれに対して何も応えられなかった。

 でも、きっと、奈津美は真っ当な事を言っている。それはどうしようもなく正しいことで、それだからこそ、彼女は苦しむ。奈津美は、卑怯者ではない。

「奈津美……」

 俺は、名前を呼ぶ。目の前に立っている、小さな、触れただけで壊れてしまいそうな少女の名前を。
kyoji_ama 31 page of SILENT STORY
 紅く染まった空に、人の影が浮かぶ。小さな影。
 小さな影、それは、

「いつまで、いるの」

 それは、奈津美だった。

 ぼんやりとした輪郭、逆光を受けた彼女の表情は判然としない。

「奈津美こそ、いつまでいるんだ」

 質問には答えられなかった。いつまでいるかなんて決まってないし、何より俺は思考が停止していた。頭が回転しない。ぼんやりと空気と同化していた俺は、この予想外の出来事に全く対処できないでいた。

 奈津美が俺に、話しかけてきている。
 理由なんてどうでもよかった。
 ただそれだけで、嬉しかった。

「響示が、帰るまで。かな」

 時計を確認する。もう、七時に近い。俺はずいぶん長い間ぼーっとしていたことになる。奈津美と一緒に。
 あの頃のように。

「何で?」

 お互い無口な性格だ。言葉少なに問答を繰り返す。それなことも、あの頃と変わらない。

「ずっと、考えていた」

 小さくか細い声で、奈津美が話す。俺の、好きな声。彼女だけが持つ、その儚い声。

 響示の事、と奈津美が話し始める。俺はただ、聞いている。

「ユウの事を考えて、私は響示を捨てた。私は、響示より、ユウを選んだ」

 俺の頭は、やはり回らない。

「ユウが、あのことについて罪悪感を持っていることは知っている。もう、響示の事が好きじゃないことも知っている」

 奈津美の表情は、逆光になって見えない。でも、泣いている。そう分かった。
kyoji_ama 30 page of SILENT STORY
 また奈津美の事を考えている自分に気付き、今度はわざとらしく呆れてみせた。情けないな、と。それでも頭をよぎるのは、いつまで経っても奈津美の姿だ。
 
 俺は、またしばらくぼーっとしていた。何だか、全てがどうでもよくなっていく。窓の外から放課後の喧騒が聞こえてくる。何が楽しいのか、無駄にはしゃぎまわる奴ら。部活で、妙に気合いが入っていて大声をだしている奴ら。それも、だんだんと聞こえなくなっていった。

 陽が落ちていく。そろそろ秋に入って、日が短く感じられるようになっていた。蝉の声はもう、聞こえない。鈴虫とかが、切なげに鳴いている。

 六時くらいだろうか。時計を見る気も起きない。

 静かな時間が心地よかった。空気になった気さえした。こんな気分は久しぶりだ。懐かしい。朝のあの空間を思い出す。保坂の本をめくる音だけが、奈津美の微かな息遣いだけが、支配する世界。

 いい加減に陽が落ちきった。それでも空は紅く染まっている。陽光は空に降り注ぎ俺には届かない。間接的に届く光は、きれいだった。

 そういえば、電気が消えている。最初からついていなかったのか、それとも誰かが帰りがけに消したのか。そんな、どうでもいいことに気がついた。どうでもいい。そんなこと。

 そんなこと、どうでもいいじゃないか。

 俺にとってどうでもよくないのは、奈津美の事だけだ。
 そう、叫んでしまいたかった。
kyoji_ama 29 page of SILENT STORY
奈津美を初めて見たのはいつのことだろうか。俺はいつの間にか奈津美を知っていて、いつの間にか、傍にいて欲しいと願っていた。そして気付いたら、奈津美は俺の隣にはいなかった。

 奈津美と初めて言葉を交わしたのはいつだったろう。半年の間に奈津美と話していた内容は何だったろうか。思い出せるほどの会話すら、俺たちはしていなかった。あれだけ一緒にいたにも拘わらず。俺は、奈津美の事を何も知らない。ただ、俺と似ていると、そう思っただけだ。

 気が付けば奈津美の事を考えている。いつだって奈津美のことを考えている。そんな未練がましい自分にため息を吐き、それでも奈津美の事を考える。彼女は何を考えているのだろうか。その思考の中に、俺の事が少しでも混ざっていたら、そう考えるだけで、なんだか背中がむず痒いような気分になる。

 いつまで続くのだろうか、この苦しみは。いつか奈津美の事を忘れられる時は来るのだろうか。そうなる事を望み、そうなる事が正しいのだと分かっている。でも、どうしても諦めきれない感情が、いつまでも胸の奥でもがき続けている。

 ぼんやりと、いつの間にか授業は終わっていた。教室に残っている人間もまばらになっていて、俺はなんだか取り残されたような気分だ。

「甘利、帰んねぇのか?」

 すでに帰り支度を整えていたクラスメイトが声をかけてきた。俺は何となく何もする気が起きなかったから、まだ帰らないとだけ言った。
 そう、じゃあな。興味がないのか、そいつはそれだけ言って去って行った。奴とは帰る方向が同じだからよく一緒に帰っているのだが、俺は別に一人で帰るのが嫌なわけではない。それはそいつも同じで、どうしてもという感情は俺たちの間にはない。俺はどうしても、を他人に望まない。たった一人を除いては。
kyoji_ama 28 page of SILENT STORY
「……ユウは響示の事が好きだった。私の持っていない感情を響示に持っていた。でも、ユウは私の親友だ」

 そんなことは知っている。でも。
「もう三年も前の話だ。薬袋だってもう」
「そんなことは関係ない。響示とはもう、あの時終わったんだ。あの瞬間、私が全てを壊したんだ。ユウが許してくれたって、響示が許してくれたって、私は嫌だ」

 全てを壊したのは奈津美。その原因を作ったのは薬袋。そして、全ての元に在るのが俺だ。責任は俺にだってある筈なのに、奈津美は自分ばかりを責める。

「奈津美」
 俺は名前を呼ぶ。この、小さな少女の。気高き少女の。俺の、大事な人の。
 椅子から下りる。看板を椅子の上に置く。そして、奈津美に近づいて。

「……っ、何。眼鏡返してよ。えっ、響示……?」
 似合わない眼鏡なんてかけるのはもう止めて、もっと自由になってくれ。苦しんでいる奈津美を見るのはもう、嫌なんだ。
 それはきっと、俺の我が儘なのだろう。でも、奈津美に幸せになって欲しという想いは、笑っていて欲しいという想いは、本物だ。絶対に諦めきれない、俺の願いだ。

「……俺は諦めないから」
「馬鹿……」

 全身に伝わる奈津美の冷たい温もりが、やけに悲しかった。
kyoji_ama 27 page of SILENT STORY
「はい」

 奈津美が看板を俺に手渡す。そう言えば。
「響示と話すの久し振りだね」
「そうだな」
 奈津美は俺と話すことに抵抗はないのだろうか。

「奈津美が避けてたからな」
「そっちじゃないよ。もっと右」
 奈津美も戸惑っているのだろうか。俺には分らない。漠然とした感覚は共有していても、目の前にいる人間が何を考えているかなんて、はっきりと分かる筈がない。わかる訳ないのだ。

「俺はまだ、奈津美の事が忘れられないんだけどな」
 俺は意志を伝えるしかない。奈津美が決めたのなら俺はそれに従うしかないと思っていた。だが、こうして以前のように話していると止められなくなる。
 俺は奈津美と一緒にいたい。強い意志が蘇ってくる。

「も少し上」
「流すなよ……」
 きっと、奈津美も耐えているのだろうな。俺は勝手にそう思う。
「もう、終わったことだよ」
 そんなことはない。確かに終わったことなのだろうが、まだやり直せはしないのか。

「終わってねぇよ、俺の中じゃ。奈津美だってそうだろ」
 看板を押さえたまま振り返る。奈津美は眉を顰めて、唇を噛みしめ、拳を握りしめていた。
そこまで我慢する必要が、どこにあるというんだ。
kyoji_ama 26 page of SILENT STORY

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