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すべてが青になる  (恋愛/青春, 1 author, 2892 views The author wishes to write this novel alone.) RSS

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2013/08/14

  • aoku_aruku
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わかるか人生で必要な物は、たばことライターとお金ぐらいだ。
お酒はいらないのかな?、と疑問符を頭の上で踊らせながら、わたしはそんなお父さんの言葉をケータイ越しにぼんやり聞いていた。

通話終了のボタンを押し込んだ頃には、もうすでに時刻は0時を回っていた。
「わたしの目も回ってるんですけどー」
そう、わざわざ声に出してから、部屋の隅のベッドの上に倒れこむ。
正確に言えば、ベッドの上の大きなキリンのぬいぐるみを襲撃する形で、倒れこんだというか攻め込んだ。
キリンは強い動物だ。
悲鳴のひとつも上げない。

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ぐるぐる。お父さんもきっと目を回していたのだと思う。
わたしが来年、やっと公式に飲むことのできるアルコールというやつに、今夜は結構やられてしまっていたのだろう。ろれつの回転もすこし怪しかったし。

それにしても。
大切な物ですか。
……あれ?必要な物、だったっけ覚えてない。どっちにしても。
そんなこと、最近はほとんど考えたことなかったし、考えたい気持ちになることもなかった。
まあ、つまりわたしにとって人生に必要な物は特にナシ、というわけでもなく。
わたしにとって大切な物は、あるかもしれないけれど多分あるけど。
わたしにとって大切な物は、実はそれほど、思うほど、というか思い浮かべることさえ忘れてしまうほど、大切な物ではないのかもしれない。
あるけれど。
持っているけれど。
それは必ずしも、わたしをわたしと決定付ける役割まで果たしてくれているとは言えない物なのかもしれない。
いま抱き締めている、まるでそれは、このキリンのように。
大切だけれど、大切ではないのかもしれない。
大切にできなくなる時が来るのかもしれない。
明日にでもすぐに捨ててしまえる物なのかもしれない。
「あいしてるぜ、べいびー」
彼氏にさえ言ったことのないセリフを彼(キリンのダリル)に難なく浴びせたあと、長い首を全身で締めながら、溶けるように眠りについた。

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それで、きみの父親はどうしてそんなことを言ったんだろうね。
「知らない。時々あるんだよ、娘の声が聞きたかっただけなんて、そんなこと電話越しでさえ言える人じゃないから、なんでもいいんだよ。本当にどうでもいいことを長々と話しだすのいつも」
へえ。でも不思議だよね。
「何が?」
だって、そうだろう。人生で必要な物は誰にだって数えきれないほどあるはずなのにさ、よりによってたばことライターとお金だよ? 笑えちゃう。
「あはははぜんぜん笑えない」
ああ、ごめん。ごめんね。父親を笑われて気持ちの良い子どもなんてそれこそ気持ち悪いよね。ごめんね。
「なにそれ。あなたの謝り方のほうが気持ち悪いし」
ごめん。ぼくは本当に謝り方が下手なんだ。誰かに許されるなんて素敵な経験をいつかは必ずしてみたいな。ふふ。

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「………」
あああ。ぼくはこれ以上謝らないほうがいいみたいだね、話を戻そう。
つまりぼくはこう言いたいんだ。
何故きみの父親は、お金を必要だと言っているくせに、お金で買えるはずのたばことライターを必要な物に挙げたんだろうね? まったく不思議で仕方が無いよ。このとおり、首が曲がっていつか折れてしまいそうなくらい、不思議で仕方が無いなあ。
「………」

酔っていたお父さんの話なんかを、真面目に考えるほうがわたしにとっては不思議なことなんだけど。
だからわたしも最初は真面目に受けとって、お酒は必要な物じゃないのって聞きかけたけど、途中でばからしくなってやめたんだし。だいたい、そんなことどうでもよくって。

わたしの声が聞きたいって思ってくれているのが嬉しかっただけですから。
それだけでよかったし。
十分じゃない?

「嬉しかったなんてうそだよ。ほんとは寂しかったくせに。ぼくには、それがはっきりと分かってる」
そう彼は本当にはっきりと、言った。
「きみがほんとに、父親に聞きたかったことはお酒のことじゃない、こうだ。必要なものに、大切なものに、
「わたしはいないんですか、でしょ。ダリルに指摘されなくても分かってる。わたしのことはわたしがいちばん、誰よりも分かってる」
分かってなくちゃいけないでしょ。
大切なものくらい。
必要なものくらい。
他人に指摘されて気付かされることで傷つくような、そんなばかみたいなプライドなんて持っていないけれど、少なくとも、目の前の青いキリンなんてわけのわからないものなんかに言われたくない。
わけのわからないものに、分かってもらいたくなんかない。

  • aoku_aruku
  • 6 page

夢を見たのは6年振りだった。
最後に見たのは、だから中学生の時か。
おかしな、それこそ異常な話か虚言の一種だと捉えられてしまいそうだけど、誤解のないように言い直すなら《内容まで覚えている》夢を見たのは、本当に6年振りだった。そして、百歩譲って、そういうことも有り得るのかもしれないーーーでは、わたしの場合、話が済まないわけで。
今のわたしにとって、夢を見ることは、交通事故に遭うことと何も変わらないくらいの、恐るべき災害のひとつで。
大事件です。
だから、翌朝からの予定は丸々と変えざるを得なかった。

午前中、アルバイト先に病欠の連絡を入れて、それからシャワーを浴び、すっぴんのまま最寄りのドラッグストアまで自転車を走らせた。
アイマスク、アイスノン、冷えピタ、牛乳、切れかけの下地、など諸々。
カゴにどちゃどちゃと詰め込むあいだも、頭の中にはまだまだ新調しなきゃいけない品物が増えていく。
新しい間接照明もいるし、枕も、ベッドシーツも、ああダメだ。まだまだ足りない。お金も下ろさなきゃ。やっぱり化粧も少ししよう、帰って着替えよう、そうだ新しい寝巻きもいる。

なにもかも変えないと。
すべてを変えないと。
わたしを今突き動かすものは、ある種の強烈な強迫観念だった。

夢が怖い。
夢を見るのがたまらなく怖い。
理由は、絶対に言えないけれど。
言ったら間違いなく、恥ずかしさでわたしは即死するだろう。
いったん帰宅しようとまた自転車に跨りながら、そこでひとつだけまた悩みの種を見つけてしまった。

あのベッドの上にある、黄色いキリンのぬいぐるみは、どうしよう?

  • aoku_aruku
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まるで難攻不落の要塞だ。
何人たりともわたしの安眠を妨げるものはいない、などと迷言しそうなくらい。眠りの森のお姫様が大変恐縮だけどもしもわたしだったのなら、物語の結末は間違い無くバッドエンドを迎えていたと断言できるくらい、人生史上最高の寝室がそこには出来上がっていた。
持ち帰れずに配達を頼んだ品々が届くのはもう少し先のことだし、結局丸一日、仮病を使ってまで取った休日を潰してしまう結果にはなったけれど、代償としてはまあ、現状で十全だと思えた。
さて。
もう夜の11時半、日付は間もなく変わって就寝の体勢に入るというところにきて、最後まで後回しにしていた問題にここでやっと向き合ってみる。
うー、可愛い。
姿かたち、配色も含めてぜんぶ可愛い。
なんだこいつ。なんだこのキリン。
思わず抱き締めた。ぐりぐりと顔をうずめて思いっきり可愛がってみたものの、最後の最後に片付けるべき問題として、この抱き枕兼ぬいぐるみがわたしの前に大きく立ちはだかる脅威なのには、やはり変わりないのだけれど。
立ちはだかってはいないか。
寝ころびだかっている。
「………」
なんか突っ込んでよ。
ダリルを睨みつけながらも、気を取り直して、改めて考えてみる。

  • aoku_aruku
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夢に喋る青いキリンが登場したことで、夢を見てしまった元凶が大いにこのぬいぐるみにあるのは確実だし、安眠を手に入れるにあたってまずこれを捨ててしまうことこそ最優先だとは、そう、頭では分かっているのだけど。
同時に、いくら悩んでみたって最終的には捨てられないことや、無理やりにでも他の選択肢を選ぶだろうことだって、はじめから分かりきっていた。
捨てられるわけがない。
これは、ダリルと名付けた黄色いキリンのぬいぐるみは、わたしが高校を卒業したときにお父さんがくれたプレゼントなのだから。

いい歳してこういう物を平気でプレゼントしちゃえるお父さんにも、受け取ってばたばた喜んじゃうわたし自身にも、ちょっと、どうなのかなって今でもたまに思ってしまうこともあるけど。
周りの友達は車とか、スーツだとか、そういうオトナな物を卒業プレゼントに買って貰ったって話をしていて、それを聞くたびに、真っ赤な顔でロボットの声真似をしちゃうほど挙動不審にならなかったっていうと、そりゃやっぱり嘘になるけどさ。

フォローを入れさせてもらうとお父さんのセンスは、娘としては幸運なことに、悪くなかった。むしろ良かった。
ダリルはファンシーグッズという位置付けよりも、なんというか、レトロな質感と凝った配色の所為で、どちらかと言えばアンティークの部類に入りそうなくらいの個性を放っていたし、わたしは一目見て一発で彼を気に入ってしまった。
名前を付けることにも一切の躊躇いも羞恥心も無かった。
ダリル、ダリル、ダリル。
ああ、可愛い。
無理だ。
絶対、捨てられない。

そうこうしているうちに夜はあっという間に深くなり、両手いっぱいの大きな問題を文字通り抱えたまま、呑気にもわたしは、たらたらとよだれを垂らすそのままに、夜よりも深い深い眠りについてしまっていた。
もう戻って来れなさそうなほど、深い、深い、眠りに。

  • aoku_aruku
  • 9 page

「そもそも、人はどうして夢を見てしまうのか、というお話に戻ってしまいますけど、構いませんか?」
構いません、とわたしは答えた。
すると、満足そうな笑顔をひとつ浮かべて、周りの景色と同じようにぼんやりした口調は変えずに、わたしの隣に座る女の子はゆらゆらと再び喋りだした。
「どうして夢を見るのか。勘違いをされないように先に言っておきますけれど、私はこれから小難しい哲学的なお話をするつもりも、あるいは、人が夢を見てしまう原因などという詰まらない講釈を垂れるつもりも、全くの一切もありませんから」
なんだか、しっかりしてそうだけど、年相応に考えると似つかわしくないといったふうに、一生懸命に話しを続ける彼女の顔つきは幼く、わたしよりも少しだけ年下に見える。
というかそれ以前に、服装からして分かりやすい特徴をしていた。
彼女は私服ではなく、制服を着ていたのだから。
それも、わたしの母校の制服を。
コスプレでなければ女子高生なんだろうと一目で分かるそれだ。
「私が話しておきたいこと、それは、人が夢を見る理由です。つまり、夢の役割です」
「夢の役割?」
「そうです。分かりやすく言ってしまえば、私がここにいる理由です」

  • aoku_aruku
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いつから夢を見ていたのか分からない。
気付けばわたしは見知らぬ公園のベンチに腰掛けていて、隣にはこれもまた見知らぬ女子高生が座っていて、そして彼女から一方的に話をされているという、夢らしいといえば大変に夢らしい、まさしく不思議な状況に置かれていた。

「私がここにいる理由は、あなたと会話をするためです」
そう言われたので思わず「え、ひどい。夢の中だけでも構われたいなんて痛い願望抱いちゃうほど、リアルで友達に困ってたりしてないよ?」
そう返したら彼女は、
「違います! ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて、ごめんなさい!」
と、わたしの軽い冗談に対して、背中まで伸びた髪をぱたぱたと揺らしながら慌てていた。
普通にいい子だった。
それにわたしも、冗談を言えるくらいまでには落ち着いてきたみたい。

というか、もう気付いてしまっていた。
自分でも驚いてるけれど、間違いない。
まだ困り顔のままでいる彼女を眺めながら、その髪に触れてみたいなどと、ふつふつと膨らむ欲求を抑えつけながら。
ぐるり、と辺りを---薄いグレーに染まったような景色を、それから冷静に見渡しながら。
ああ、どうしよう。

全然怖くない。

夢に対する恐怖心が、一片も残らず、無くなってしまっていた。
6年越しのトラウマなのに、呆気無く。
6年間も苦しんできたのに、怯えてきたのに、悩んできたのに、色々な物も人も捨ててきたのに、必要だったのに、大切にしたかったのに、それなのに。
こんなにも、呆気無く。
味気も、情緒も、跡形も。
まるで本当に何も無かったかのように、何も無く。
「どうしたの?」
そんな、心配そうな声がすぐ隣から聞こえた。
分からない、とわたしは答えたつもりだったけれど。
現実には、ただ、泣いていただけだった。

夢の中で、泣いていただけだった。

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