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女「(これで計画通り。うまくいったわ。もう、ホントに可愛い人ね。簡単にのせられちゃって。)」 男「(ふぅ、わざと難しい漢字で書いたとこに引っかかってくれてよかった。こっちの意味が知られたら、何を要求されるか分かったもんじゃないからな。 ----秋の夜の 千夜を一夜になせりとも ことば残りて鶏や鳴きけむ (伊勢物語より) 千もの秋の夜長を一夜にまとめて過ごしても、二人の間の語らいが尽きないうちに朝がくるだろう)」 女「ねぇ、ねぇってば」 男「なに」 女「ねぇ、あたしたちってさ、これからもうまくやっていけるわよね?」 男「まあ、そう言っていいんじゃないかな、多分」 女「多分って何よ!……」 |
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男「ったく、後ろからごちゃごちゃうるさいな。黙って待ってろよ。大体、自分は書いたのか?」 女「だってぇー、気になるんだもん」 男「いいか、オレたちは同棲してるんだぞ。なのになんだってイチイチ交換日記なんかしなきゃいけないんだ!?直接言葉で言った方が早いだろ!」 女「じゃ、言ってよ。」 男「いっ、いやそれは、その……」 女「ほーら、は・や・く。そしたらもう書くのは許したげる」 男「許すってお前、それはそもそも……」 女「だってちゃんと約束したでしょ」 男「わ、わかったよ。言えばいいんだろ」 女「そーよ、男に二言はないのよ。あらかじめ言っとくけど、ちゃんと目を見てね」 男「よ、よし……オレは……お前のことを、大事に、ずっと思ってる。」 女「それで?」 男「そ、それで……つまり、オレは、お前が、好きだ!」 女「よし、やった!これから一週間に一度はちゃんと言うこと、いいわね?」 男「な、なに言ってるんだよ、そんなのあるかよ、約束が違うだろ」 女「あら、書くのは許すって言っただけよ。だから交換日記の代わりに続けてもらうわよ。うふ」 |
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翌日 女「うふふっ。彼が自分のために手書きのメッセージを書いてくれる。これって、こんなに楽しいものだったのね。」 女「うーん。難しいわね。これって一体どういうことなのかしら。」 女「うーん。うーん。分からないわ。これってあたしを褒めてるのかしら。っていうか、これってあたしのことなのかしら。っていうか、これって、なんて読むのかしら。どうして人に読ませるものにこんな難しい漢字使うのよ。わかんない、わかんない、かんない。あーもうっ」 |
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(向こう) (ポ、ポン) 「ああ、また違う。 ほんの10分、10分でいいんだ。どうしてこの住人は私の合図に目を向けてくれないんだ。」 ここ数年、この国では謎の失踪事件が頻発した。 少なくない目撃者の証言によると、真夜中の謎の光とともに、人が跡形もなく消えるというのだ。 外で歩いていようと、部屋で寝ていようと関係ない。 そしてその中の僅かなケースで、光の軌跡が報告され、それらを辿ることで、ようやくこの場所が発見された。 ここはさながら一大コロニー、一大飼育センターのようなところだ。 完全に密閉され、いかなる刃物も爆薬も受けつけない個室が何百と連なっている。 そして各個室には、どこからどう来ているのか、いくつかのパイプが接続されている。 おそらくこれが、中の住人の生命維持に関っているのだろう。 密閉されているとはいえ、個室にはドアらしきものがついている。 そして、その中央に、私が押し続けているボタンがあり、その横にモールス信号のようなパターンが描かれている。 ボタンをこのパターンで押してみる、ということは、ここが発見されてすぐさま試された。 ただし、ボタンは自動で戻らず、中の住人が手動で押し戻す必要がある。 多くの場合、2、3日、長くても1週間もすれば、外と中との協同作業の呼吸が整い、住人は救出された。 しかし、この部屋の住人のように、もう1ヶ月も合図を送っているのに、まったく乗ってこない人々がいるのだ。 私は途方に暮れた。 |
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そしたら、向こうから押し返してきやがった。 「な、なんなんだ。どういうつもりなんだ一体全体。向こうの野郎!」 「異常にムカツク。 人が押してるものをなんだって押し返してくるんだ!? もう、これで何度目だ!? クソいまいましい。 このボタンが視界に入るとイライラして仕方ないんだ。 どうしてオレが寝入る10分ほどの間だけでも引っ込んでてくれんのだ。 しかも今回は1秒ほどタイムラグをとって、油断させてから、ポンッとかいう感じで来やがった。 馬鹿にしてんのか、クソッ よし、こっちにも考えがある。 半分だ。 半分ずつ、ポ、ポンって感じで押し込んでやるぞザマアミロ」 |
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微かな抵抗を示しながらボタンは深く沈みこみ、「カチッ」っと音を立てて止まった。 人々は、今後、コンテンツの世界のキャラクターとなる。 この動きはもう止められない。 この装置のエネルギーが地球を包み込むまでまだ少し時間がある。 彼はベッドに横たわり、その時を待った。 この装置が発動して以降、新たにコンテンツを作る存在はいなくなる。 この装置が発動して以降、コンテンツを再生する電力を供給する存在はいなくなる。 彼は善意の塊だった。 ただ、物事の後先を考えなかっただけだ。 自らの理想を万人と共有したかっただけだ。 これから人々は、残った電力で延々と同じストーリーを体験しなおすことになる。 それはもちろん、涙あり笑いあり、血湧き肉踊る冒険に彩られた、幸せな恋とその成就の物語だ。 一度や二度で味わいつくせるものではない。いや、それどころか、10回くらいは喜んでそのストーリーを繰り返すだろう。 しかしその後はどうだろう。 永劫回帰が現実のものとなるのだろうか。 いや、いずれは、動かぬデータとなる。 何十年後か何百年後か、いつかどこかからやってくる存在が、自然の絶景にも、壮麗な建築物にも、美しい美術品にも、目を見張るような個性的な文字で書かれた書物にも目をくれず、ディスクの中のコンテンツに目を向けてくれるとよいのだが。 装置はこの最後のコンテンツを記録し、その仕事をやり終え、動きを止めた。 |
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ボタンを押した。 |
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女「だから、交換日記よ!」 男「こっこうかんにっきぃ!?」 女「そうよ、お互いの気持ちを赤裸々に伝えあうの。そしてそのお互いの気持ちについても書き綴るの。相手が何を書くかワクワクして、返事がこないか焦れて焦れて、返事が来たら、ああ、やっぱりあの人はあたしのことを分かってくれてる!って安心するの!」 男「なんだよその予定調和なストーリー」 女「いいからやりましょうよ。お違い知らない仲じゃないんだから今さら恥ずかしがることもないでしょ、ね?」 男「いや、知ってたら今さら・・・」 女「いいの!やるの!決定なの!」 男「わかったよ。強引だな、まったく。じゃあ、今日はもう遅いから、明日からでいいだろ?」 女「そうね。明日でいいわ。よろしくね(はぁと」 男「ハイハイ」 |
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なんとなく倦怠期っぽいのカップル 無骨で、ちょっと奥手に見える男。 可愛げがあるが、ちょっと口さがないような女。 女「ねぇ、ねぇってば」 男「なに」 女「ねぇ、あたしたちってさ、付き合ってるんだよね?」 男「まぁ、そう言っていいんじゃないかな、多分」 女「多分って何よ!じゃああなたはわたくしに遊びであんなことやこんなことをしたって言うの?ヒドイわ」 男「な、なんだよそれは。オレは無理矢理なんてことはしてないし、あれはつまり、二人の気持ちが高まって自然に、こう、なんて言うか、互いに惹きつけられるように、非常に、非常にノーマルに・・・」 女「何を焦ってんのよ。冗談に決まってるでしょ。あたしはただ、もっと恋人らしいことがしたい、って言ってるだけなの」 男「な、なんだよ、その、これ以上に恋人らしいことって」 女「もう、だから、なんかワクワクして、気持ちが焦れて焦れて、あーんってなって、その後ふっと力が抜けて落ち着くようなことよ」 男「なんなんだよその、曖昧だか具体的だか分からないようなものは」 女「だから、ねぇ、コ・ウ・カ・ン・・・しましょ?」 男「えっ?コ、コウカンって、お前・・・」 |
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しかし、バグだと考えるからいけないのであって、わたしはこれを「仕様」であると定義した。 このように考えると、心ハレバレ、愉快爽快。 人に何か言われても、堂々と主張できる。 わたしは、意気揚々とこのズボンで出かけた。 |
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